【67日目】弘法筆を選ぶ

弘法は筆を選ばなかったんじゃない、筆の癖を知り尽くしてたんだ。そう思った今日の撮影。

カメラには1台1台、カタログ性能上の違いがある。なぜそうなるのか、機構上の理由もある。撮影は感覚でも出来るかもしれないけど、何故、そのパラメータにしないといけないのか、全て理由がある。写真はパラメータの組み合わせだ。構図でさえそうだ。全ては理論だし、類型だし、パターンだ。実は科学的・数学的な要素を含んでる。だから、誰にでも撮れる。だけど、そこには合理的な理由が存在する。

そう考えた時、弘法大師は筆を選ばなかったわけではなくて、筆の癖や限界を知り尽くしてたんじゃないかと。だから、限界まではその性能を引き出すことが出来る。

車の限界を知っているからこそ安全に運転出来るし、パソコンの性能の限界がわかってるからこそ諦めや妥協も出来る。そう思った今日の撮影。

2015年10月3日 kaneyan 未分類 No Comments

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